山口県(全域)
みもすそ川公園
寿永4年(1185年)、源平最終合戦となる壇之浦合戦が繰り広げられました。
公園前の海は関門海峡の一番狭い場所で、公園からは壇之浦古戦場跡を一望でき、二位尼辞世の歌碑や壇之浦古戦場の址碑など当時を偲ぶ石碑があります。
平家の一杯水
「壇之浦の戦いで深手を負い、命からがら岸に泳ぎ着いた平家の武将が水溜まりを見つけ、飲んでみると真水だった。が、もう一口飲もうとしたら塩水になっていた」という伝説が残る地。
碑の近くの渚に湧き出る清水には祠が立てられ、今も元旦の若水として赤間神宮の神前に供えられています。
赤間神宮
壇ノ浦における源平最後の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水された安徳天皇を祀ります。
境内には平家一門の墓である「七盛塚」や「耳なし芳一」を奉る「芳一堂」などがあります。
※宝物展は入館料100円(9:00~17:00)
東大寺別院阿弥陀寺
源平の争乱で焼失した東大寺再建のため周防国へ西下した俊乗房重源上人が、後白河法皇の現世安穏を祈願し、文治3年(1187年)に建立。
四季折々の風情が楽しめ、4,000株のあじさいで彩られる「西のあじさい寺」としても有名。
周防国衙跡「船所浜宮」
元暦2年(文治元年1185)源氏が平氏を壇の浦で攻めようとした際、周防国府の在庁官人で船奉行の船所正利が、源義経に船10艘を献じて源頼朝の御家人になりました(「吾妻鏡」より)。
周防国衙跡とは、周防国の行政を司る役所(国府)が置かれたところです。
◆アクセス:JR山陽本線防府駅からバス7km
平判官康頼の碑
御手洗湾に向かって建つ普賢寺の境内にある4基の碑。
治承元年(1177年)の鹿ヶ谷の変により流刑となった平康頼が、途中で室積の浦に立ち寄り出家して性照と改名したことを伝えています。
康頼が詠んだ和歌の碑も並んでいます。
澄田稲荷社
平経盛の愛娘「澄姫(すみひめ)」は、坂井雅楽守(うたのかみ)盛秋と共にこの地に留まり、稲荷様に村の五穀豊穣を祈り、村人に慕われて亡くなりました。
村人は「お澄様」とも呼び祀り信仰し、現在は大隅稲荷社と正木稲荷社に御神霊を二分して各地区の守護神として祀ってあります。
◆アクセス:JR光駅からバスで15分→ 中松原下車から徒歩で5分
遠石八幡宮の洪鐘
遠石八幡宮の釣鐘の銘文には、源平の戦で流れ矢が鐘に当たり音が悪くなり、正和5年(1316年)に新たに一鐘鋳造したが、音色が思わしくないので、元応2年(1320年)二口合わせて一鐘を鋳造し直したとあります。
この釣鐘は周南市の文化財に指定されています。